(ときどき)個展deスカイ!

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2008年 06月 22日

六月の暑く寒い日

日曜だったが仕事。
朝、普段より早く出勤するもすでに仕事が待っている。
午前中は大車輪でERの対応をする。
昼休みに食事に外出し、午後は手術の終了を待ち術後の検査。
患者さんは落ち着いている。
結局17時30分の終業時まで病院に詰めた。
24時間の当番は長い。

帰り際、ギャラリーユリイカの閉廊のニュースをTOLEDOさんのブログで知る。
早速オーナーの葉子さんに携帯電話をかける。ブログを見て朝から心配の電話が多かったそうだ。
さばさばした様子、東京での今後の生活を生き生きと話す調子で安心する。
川上さん、あとを継がない?と光栄だが少し無理なお誘いである。
定年後なら間違いなく一年くらいはタピオの林さんと同じような活動をしただろう。

それにしても、所蔵作品をどうするのかが気がかりだ。
大作は寄贈先の当てがある。小谷作品を展示できる場所はある。
明日、聞いてみようと思う。
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by kotendesky | 2008-06-22 23:52 | 冗舌亭日乗
2008年 06月 21日

孤独な格闘技 3年目

自分自身が相手の格闘技を続けている。
昨年は、両親の相次ぐ他界、職場の移転統合、人事異動と仕事内容の激変の中で作品を描いた。
途中でもう駄目だと思う日も何度もあったが、なんとか投げ出さずに一枚の絵を描いた。
小品を描くことも仕事だが、大作を描くことは最も重要な仕事だ。

作家という商売は儲かると言うこととは無縁だと思う。
私は幸い日々の職業にサラリーマンを選んだ。だから職業はサラリーマンだ。
しかしライフワークは作家であり、二足のわらじを履いているとも言う。
決して楽な生活ではないが何とか作家活動を続けられるのは辛抱が身に付いているからだろう。

絵を描くと言うこともまた辛抱との長いつきあいだ。
一日に直線一本も描けないこともある。薄い色を重ねることでわずかな画面の調子を整えることは日常的である。
素人が観たら昨日も今日も同じ画面に見えるだろうが作家の目には昨日と今日は大いに違う。
それほど絵画という作品は微妙でかつデリケートなコントロールが必須の芸術なのだ。
絵を描いてきて絵の具の乾燥を待ちながら仕事を効率的に進めるという智恵を身につけた。
合理的でスピードだけを追求するのなら雰囲気で適当に描けばよいのだろうが、そういう作品に意味を見いだせない不器用な私は一日のわずかな積み重ねを自分に課してわずかな絵の具の重ね合いが調子を整えて行くという目を獲得してきた。

その観察眼は実社会での仕事にも活かされている。
大きな意味では、小さな困難を克服する効率的な手順の運用が差し迫った問題解決に活かされている。
実社会での仕事も作家生活での課題克服も相互にリンクしながら自分に揺るぎない決断力を獲得するために役立っていると言える。

今年のテーマは『壇』である。「だん」と読む。
人生には色々な壇に登らなくてはならない時がある。
卒業式、結婚式、表彰式そして最後は葬式だろう。
しかし、壇というのは、本来次の高みに登るための舞台装置でありわかりやすい象徴でもある。
壇に登れば責任が生じ正義を重んじ悪行を犯さないという決意を要求される。
その重圧に負ける人は本来壇に登ってはいけない人なのだ。

唐招提寺の戒壇は神々しく人を寄せ付けない威厳に満ちた世の中から隔絶された空間を形成している。
それを結界と表現し、高僧になるためには戒壇に登り授戒会で僧衣を授かる。

人生の中には高僧とまでは行かなくとも、ある高みに登る必要がある場合が幾度もある。
その壇を人生の中で気づくかどうかがその人の真の価値なのである。
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by kotendesky | 2008-06-21 04:13 | (七転八倒)制作記!
2008年 06月 09日

湯淺美恵さんの個展

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全国的な規模の公募展である日本水彩連盟で準会員に推挙され、
道展で過去に2度佳作賞を受賞し、あと一回受賞すれば会友の道が
開けるという位置にいる湯淺美恵さんがギャラリーで開く本格的な個展が、
明日6月10日から西区山の手の『ギャラリー山の手』で始まる。

湯浅美恵さんは大谷短大で故米谷雄平さんに師事し、
後年、水彩に転じてからは森木偉雄氏についた。

道展では苦労もしたようだが、日本水彩連盟では破竹の勢いで連続受賞し
今年春に準会員に推挙された。

時計と、人形とさらに娘さんらしき少女をモチーフとして人生を投影するような
思索的な画面構成を得意としてきた。
近年はそこに重厚な色彩と画面構築力が加わりさらにいっそう深い叙情性と
分析的で思惟的な示唆が重ねられ、注目しているうちに今日を迎えた。

最近、近美で北海道の水彩画という特別展が開かれたが、今日の水彩作家として
その中に加わっても決して見劣りはしなかったであろう。
ここ1,2年でぐっと実力をつけてきた作家である。

多分筆者の知る限りでは、透明水彩を基調としてこれほど重量感のある絵画を
描いている人は居ないだろう。
それは北海道だけでなしに全国的な注目を浴びても何にも不思議はないほどに
特異な傑出した作家だ。

6月10日(火)から30日(金)まで。10時から17時まで。日曜休み。
湯淺美恵さんのサイト
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by kotendesky | 2008-06-09 21:54 | 最新情報
2008年 06月 09日

近づかないに限る(改訂)

何に近づかないかは、分かるでしょう。
奇っ怪な衣装、奇っ怪な化粧、奇っ怪な踊り…
んなものは札幌市民は好みませんよ。

で、近美の北海道の水彩画と常設ギャラリーへ。

繁野三郎さんはじめ北海道の水彩画を筆者は、軽快早描きと思っていたが
そう決めつけるのは間違いだった。
重厚な色の重ね方から推察するに早描きではとうていなしえない作品だ。

今回、私の学生時代に道展に出していた円山公園を色彩豊かに現した
秋の情景なども、絵を描かない人は分からないかも知れないが、重厚な色を
一発で置いたのではなく(もちろんその部分もあるが)考えながら重ねたものだ。
色を置く前に別の紙で試行錯誤して最後に描いたものだと見て取れる。

白江正夫さんの『さいはて(道北)』はぜひきちんとした保管場所で永久保管して欲しい。
やっとクーラーがついただけの小樽美術館の作品保管庫では不安だ。
出来れば、各地の美術館が共同で作品保管場所を確保して欲しい。

家の近くの稲西高校が統合するので、多分売却方針だろうから
そのあと利用として改修し使用するよう知事や道議会議員さんは考えて欲しいなあ。

学校の設備は教室が独立しているので保管庫としては整理しやすく使いやすいはずだ。
何より建物がまだ新しいので改修費用も安くつく。
小樽美術館や夕張市美術館の作品を保管するにしても、
貴重なコレクションを保管するのは財政的に相当な無理がある。
道が廉価な使用料金で公的美術館に収蔵庫をレンタルするのなら
税金の有効な使い方だろう。こうすれば、各地の美術館が法人化したとき
作品の所有移転も防げる。目録も整備できるし。

近美の作品鑑賞中、ワイフは小説片手にカフェ市田でゆっくりコーヒーを飲んでいたことは
うらやましい。
その後、宮の森の秘密のお蕎麦を堪能し、リフレッシュした休日だった。

夜、キャンバスに下地を施した。今回はアクリル下地だけで堅牢にして4回くらい重ねる予定。

<不穏当な表現がかなりあったので改訂しました>(本音でしたけどね)
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by kotendesky | 2008-06-09 01:14 | ギャラリー放浪記
2008年 06月 08日

≪続≫キャンバスを貼る

土曜日は週に2回ほどのペースである当番制の自宅当直。
当番なので普通の日と同じく朝から出勤。
隣の学校で運動会をしていた。雨なので体育館に移っての開催だ。
病院の駐車場は満車だった。交通整理の職員が大勢出ていた。
ご苦労サンと思う。
こちらは運動会と関係なく病棟を回り検査をする。医師のほとんどが普段通り出勤していた。

昼に一時帰宅。
昼寝する。
夜は、じっとしていてもどうにもならないので、先週やりかけたキャンバスを貼る。
まず、新規に100号を貼り、傾けて貼るという方法を思いついたのでうまくいった。

キャンバスはフスマのようなものだから、長辺と短辺がある。
実際学生の頃は木枠が買えなくて解体中の木造家屋から障子の枠をもらってきて
補強して貼ったこともある(笑)。

大きなサイズだと自分の身長より長いので
これまでは台に乗り長辺を貼るのに苦労したが、下辺を床の机の脚に押し当て、
手前側に倒すとちょうどキャンバス面が上になるので表面がよく見える。
こうすると、微妙なシワが出たときに他の辺で貼りを調節できるので
極めて効率的である。
重いキャンバスを持ち上げる必要もない。

一回でぴんと張り、いい音がする。
つづいて先週の120号の鋲を抜いて二度貼りをする。
こちらも傾けて貼れば台に登らなくとも表面が見えるのでシワ無くきれいにはれた。
何より回転させるとき余計なチカラが入らなくなったので腕が疲れない。
キャンバスを貼るときは鋲の数だけ回転させなくてはならない。

3年目にして大型キャンバスがうまくはれるようになった。

今のところ、緊急の呼び出しはない。
病院が落ち着いていると言うことは何よりである。
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by kotendesky | 2008-06-08 00:38 | (七転八倒)制作記!