(ときどき)個展deスカイ!

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2006年 12月 31日

来年も続けます

と言いましても、これまで通りの絵を描いて行く事には変わりないのですが。

今年もあと残すところ8時間を切りました。
昨年の今頃はアトリエで新年を迎え、元旦から絵を描いていました。
今年の最後の夜もアトリエの住人として新年を迎えます。

今年は思う存分絵を描くことが出来たと思います。
そして、色々な体験が出来ました。
少し飛ばしすぎたとか焦りすぎだとか自分に言い聞かせて
新年をやはり焦りながら迎えます。

人生54年。相当に遠回りをし、紆余曲折を経ながら何とか自分の
世界らしきものを見つけたような気がします。
まだ、曖昧で不確かな足場には違いありませんが、この余の人生において
自分の拠り所が確かにあるという実感を持つことが出来たとも思います。

絵という世界を通じて人生における大切なものを得たような気もします。
勉強を続けるという意識が堕落しやすい自分を
少しは救ってくれて居るように思っております。

みなさま、良いお歳をお迎えください。
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by kotendesky | 2006-12-31 16:07 | 冗舌亭日乗
2006年 12月 23日

人間ドックその後

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                       [未完]

絵描きにとって見えると言うことは非常に重要で、10月に受けた人間ドックの結果に「緑内障の疑い」ということで、早速近くの大きな病院の眼科を受診してきた。
結果的には視神経束もこれと言って異常なく、視野検査というテレビゲームの拳銃使いのような検査も難なくクリアして「まあ今のところ緑内障の心配と言うほどのこともないですけれど…」という何とも歯切れ悪い説明を聞いて、一通り画像関係の検査結果を見て納得した次第。
50も過ぎたのだから年一で緑内障の検査くらいしろよと言う事だったらしい。
私としては珍しく不養生を返上して早速眼科にかかったのは視力が弱まったことと乱視が気になっていたので、この辺で目のメンテナンスを習慣づけようという意図からだ。
視力は遠視のため0.6しかなく、次回の運転免許は眼鏡使用が義務づけられるかも知れないのはちと億劫だが、眼鏡使用となると通勤以外での運転はやめようと思う。

周りの人に聞くと、免許の適性検査はその程度なら裸眼で大抵は合格するという事らしいが実際の運転には注意が必要なことは言うまでもない。

緑内障は早期に発見して適切な治療をしていれば進行はかなり遅く出来るらしいので、眼科医師もさかんに定期的な受診を勧めてくれた。これからは職場の検診時期になると自分で眼科検診を習慣にしようと思う。

業界人の肩を持つ訳ではないが、人間は定期的な検査が必要な年齢に必ず到達する。『40を過ぎれば人間ドック』とは良く言うが、実際に検診で思わぬ病気が発見されることもあり、億劫がらずに誕生日検診や結婚記念日検診などこじつけでも忘れないで受診した方が良いと思う。
よく、医者の不養生といって職場の検診を絶対受けない医師がいるが、私の職場では医師の受診率はほぼ100%だ。確かに患者さんを診察しながら自分の検査の順番を待つというのは落ち着かないがこれも年一回の事だと思うと結局は自分の健康が患者様の役に立っているという自覚が持てるので多少患者さんに待ってもらっても、検診を受けるという意志を貫くことが大切な習慣だと思う。

いずれにしても、早期に病気を発見できる確率が高い検診は大切なことは言うまでもない。
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by kotendesky | 2006-12-23 00:16 | (七転八倒)制作記!
2006年 12月 21日

青島だア!

青島幸男さんが亡くなった。
草創期のテレビの台本作家、作詞家、タレントなどテレビを巨大なエンターティンメントとして引っ張った功績は大きい。
同じ時期に永六輔、大橋巨泉。
青島氏はテレビ番組を作るばかりでなく、料理研究、理容師、ネクタイデザインなどおよそその時代の日本の平均的サラリーマンが求めていた興味分野をいち早く感知し自分で実行してみるという庶民感覚が抜群の人だった。
68年頃は昼のワイドショーで公開番組にもかかわらず全共闘学生を公開ホールに大量に呼び、野坂昭如、大島渚、小田実などと討論させた。
今考えれば、当時の全共闘学生はまだ牧歌的だったのだろう。最も嫌悪するはずのマスコミに大挙して出演し、制作者の意図に沿ったヤジを飛ばした。最もテレビ的なところは意図しない映像を茶の間にそのまま流すことだと信じる私は、ひそかにミーハー的全共闘学生を信用しなくなっていった。
その後の東大安田講堂の事件には東大生はほとんど居なかったという事実からも、このあたりから全共闘の変質が始まっていたのだろう。
青島氏はワイドショーの知名度から自宅マンション1階の部屋から参議院選挙に立候補する。
選挙公報と政見放送だけで全国区を戦い1位の石原慎太郎に次ぎ2位で当選した。
選挙運動を行っていれば1位は間違いなかったが、公営選挙だけで2位当選したことはその後の青島氏の選挙姿勢を形作る上で確信となった。のちの東京都知事選挙でも同じ姿勢を貫いた。
無所属の市川房枝さんらと共闘し、大阪選挙区の横山ノック、沖縄の喜屋武真栄氏らと二院クラブを結成し(この部分asahicomの記事は間違い)金権体質を批判し「佐藤首相は男めかけ」の迷セリフを生み出す。この発言は物議をかもし、問責問題に発展する。

時代の寵児ではあったがその基本は歴史に残る仕事をしようという哲学がある。ちゃらちゃらした話題を作るより地味でも地面に足の着いた仕事を着実に進めることの大切さを持ち続けたそうだ。

昭和二八年六月生まれの私は、民放テレビとともに人生をスタートし歩んできたが、草創期のジャーナリズムの批評精神にあふれていたテレビの現場が現在のように皮相的、興味本位の薄っぺらな「ジャーナリズム」に満ちあふれる低感覚の記者にうんざりとしていることも事実だ。

「青島だア、文句あっか」という青島氏のこの言葉には、たとえ地味でも批評精神にあふれた切り口で権威と呼ばれる化け物の皮を剥がすことに情熱を掛けた氏の気構えが宿っていると信じている。
享年74。ご冥福をというにはふさわしくないお祭り男の静かな死である。
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by kotendesky | 2006-12-21 01:08 | 冗舌亭日乗
2006年 12月 17日

マニュアルシフト

何の事やら分からんが、つまり自動車のギアチェンジのことです。

小生の車が9年目に突入し、ついにマフラーから煙がにじみ出したので、車検を機会にマフラーの交換を頼んだ次第。
なにせ、平成9年製造のポンコツであるが故に、各部の調子が悪い。
この間、第一回はユーザー車検。第二回からガソリンスタンドやディーラー車検でも通すだけという車検を繰り返してきたのだから、そろそろ交換部品が出る頃になる。
それでも走行距離は4万5千キロだから普通のユーザーの使用状態からすれば2年半か5年弱。自動車というものは摺動部品の傷みは相当少なくなってきているので普段の走行で異常がなければそのままの状態でも車検は通る。
主な留意点はライトの光軸が歪んでいないことと排気の状態が劣悪でないこと。つまり煙が出ていないこと。走り出してハンドルを切り止まるまで異音がなければ通常は車検状態であるという点に気が付けば車検は何の心配もない。
もちろんある程度車のメカニズムを知って12ヶ月点検が出来る必要があるが、オイルを年二回程度こまめに換えて(自分でやれば1回1200円程度)、ブレーキオイル補充やバッテリーやエアフィルターなどの消耗部品を自分で換えられればディーラーの純正整備は必要がない。
これは、ワーゲンで実証済みであるしスバル自動車も問題ない。
以前、初代FFマツダファミリアをオイル補充だけで10年間一度も交換しなかった事があるが、これはオイル消費が激しい車だったので例外だ。

で、今回の車検は異例の6日程度になったのは10年車のマフラーの入庫が遅かったという事情による。
代車は気軽に軽のワンボックスでいいよと言ってしまったが、このマニュアル車は運転は面白い。
10年ぶりでマニュアル車を乗っているが、現在の軽自動車はマニュアル車であれば公道走行に何の支障もないようだ。第一にエンジンと車輪が直接つながっているシッカリ感はこれ以上の不満はない。減速もギアシフトでブレーキは補助的に使う程度だ。ブレーキの減りは相当少ないだろう。

半面、左の股関節がかなり痛い。これは普段の運動不足から来るものだ。老化防止のためにはマニュアル車がよい。

これまで、下は中華の出前用の原付から大きい方はレントゲン用のバス(8ナンバー)を運転した経験がある。トヨタダイナというトラックをワゴンタイプにしたゴツイ車の経験もあるし、ハイエースバンの9人乗りという奴に9人乗って3日間出張した時もある。ランドクルーザー40という世界車は、公道の王者になったような気分になった。
随分特殊な物を運転してきたが、初めて自分の車になったのは8年落ちのダイハツフェロウマックスという2サイクルエンジンの軽自動車だったからウィンドウウオッシャーが水鉄砲だったこの車に比べれば現在の軽自動車は隔世の感がある。エアコンも付いているしパワステも付いている。交差点で追い抜かれることもほとんどない。きちんと吹かせばきちんと加速する。

最大の弱点は車重の軽さだ。これはどうしようもないが1㌧弱の車で雪道を走るのはバウンドしてかなり怖い。
一応現在の北海道を走る軽自動車はほとんどが4駆だから発進不能になる心配はないが、それでも不用意に轍に突っ込むのは危険だ。バウンドして思わぬ動きをすることがある。軽自動車ユーザーはこの点を常に意識した方がよい。

何やかやと軽自動車の怖さを書いたが、他の車が軽自動車かリッターカーであれば何の心配もないほど軽自動車の進化は相当なものだ。
省エネルギーの時代だ。使用材料の少なさや道路に与える損傷あるいは燃費の有利さを考えればもう一度軽自動車の見直しの時代が来るかも知れない。
世界的には省エネの見地から日本の軽自動車は世界のお手本である。
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by kotendesky | 2006-12-17 04:05 | 冗舌亭日乗
2006年 12月 12日

むむむ!家族の執念…orz

orz がっくり。(失意體前屈と言うより、もう五体投地的心境ですが…)
家族と言ってもかわいい「ちーこちゃん」ですけれどね。

中一日おいて油断した今日、やられました。
小生のベッドにオシッコするなよなあ。
留守の間ペットホテルに預けたって、ちゃんと帰ってきた日の夜に迎えに行ったじゃないの。

しかも、オシッコした跡を布団掛けて隠すな。
さらに、掛けた布団の上にウンコするなよなあ…

ああ、母犬の『教育』が行き届いた結果だなあ。
それにしても執念深い女になったものだ。
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by kotendesky | 2006-12-12 00:42 | 冗舌亭日乗
2006年 12月 10日

ダリ回顧展

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上野の森美術館で開催中の「ダリ回顧展」を観てきた。

行列が出来ているというので、午後3時過ぎに着くようにした。
さすがに外には行列は出来ていなかったが内部は行列状態だった。
これから行く人は夜6時まで開いているので、午後4時くらいに着いて、
ゆっくり観る方が賢明だ。1月4日まで休み無しに年末年始も開催している。



 混雑のため、展示内容は良く把握できなかったが、最終室の
「世界教会会議」という作品にダリの思想が凝縮されている様に感じた。

会場内の人混みの中で作品を目の前にしながらメモ用紙に機関銃の
ように書いた記事を記しておく。

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「世界教会会議」(油彩+キャンバス)

 コンスタンティヌスは、母ヘレナの十字架によって戦争に勝利した。
ダリはガラの姿をヘレナに模して教皇コンスタンティヌスの
戴冠式の様子と共に描いている。

最終室のこの作品はダリとガラの精神的結びつきを示すものとして
ダリ至高の作品であろう。
それは、ガラとダリの情念の結びつきや絵画思想そのものをダリ自身が
可視的にかつ説明的にそしてダリにとってはきわめて平明に素直に
表現しているものだと言える。

キリストによるとおぼしき洗礼と祝福はコンスタンティヌスの苦しみ
(それは逆説的に描かれているが)を通じてさらに皇帝の戴冠式という
重要な式典の情景を通じて厳しい現実と向き合わなければならない
という描写を用いて戦いの愚かさを表していると言えよう。
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ダリの作品からは孤独と深い悲しみを私は感じる。
これほど人間は孤独なものなのだろうか。
その傍らには常に最愛の人ガラが居るわけだが、
それとて、男女の関係というよりむしろ母と子の屈折した
関係だ。

重要なモチーフである松葉杖と乳房やペニスの描写は、
まさに、ダリのテーマが性愛と孤独を表現することに
すべての仕事と情熱を賭けて執着したかに見える。
それは熟したメロンを乳房に見立てて松葉杖で突き刺さざるを
得なかった幼い日の衝動をもっても説明できる。

壮大なダリの生涯の仕事だが、私は彼の作品には孤独を強く感じるのである。
心の底から愛すべき巨匠である。
いつまでも自らの少年にこだわらなければならなかったダリは悲しい。

世界…のURL
ダリ回顧展のURL
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by kotendesky | 2006-12-10 01:16 | ギャラリー放浪記
2006年 12月 06日

ギャラリーどらーる10年の活動に幕

どらーるが今月の川口浩さんの個展で10年の歴史に幕を下ろすそうだ、
関係者の、特に坂本社長のご尽力に感謝したい。
どらーるは企画展専門のギャラリーとしてオープンから大物のコーディネーターが企画した数々のヒット企画を生み出した。
近年は2月に寒昴展という若手数人の共同展示が成功し、どらーるがベテラン中心の企画という固定をとりはらったばかりで、クローズが惜しまれる。

どらーるの最初は、立ち上げから矢崎勝美さんが関わり同時に企画展のプロデュースも担当した。
その後、吉田豪介さん、柴橋伴夫さんがプロデュースを担当し、近年は吉田さんが再びコーディネートした意欲的な企画が人気を博した。
毎月1ヶ月間の展示の最初の日にオープニングパーティーを開催し、多くの関係者が出席した。さらに展示には毎回道展の西田さんや西村さんらが参画し、これらの実力者が主体となり展示に厚みが加わった。

作家の選定も気力体力の充実した中堅クラスの重量系作品が質量共に充実し、多くの企画展の中で群を抜いた展示パワーを見せていただけに、閉鎖を惜しむ声は大きい。

もとより企画展は、作家の選定に最も気を遣い、偏向せずしかも気力体力とも横綱にふさわしい作家を招聘するなどきわめて重い作業だ。
吉田さんはじめコーディネーターの洞察力や意気込みは相当なものだと言うことが伝わってくる。同時に信頼されている吉田さんらお三方だからこそ皆が納得する企画だったのである。

クロージングをかねた今月のオープニングパーティーは会場に入りきらない人達がロビーまであふれて談笑するなど、このギャラリーの果たしてきた役割の大きさにあらためて坂本社長の存在の大きさを感じた。

公募展の枠を超えた作家の交流や企画の流れ、そして野田弘志さんの秘蔵っ子など本州の作家の招聘は将来北海道美術のシーンで語り継がれることは間違いない。

クローズは残念だが坂本氏ら関係者の皆さんへの感謝が素直に言える。
記憶に残るギャラリーだった。

企画ギャリーどらーるのサイト

【この記事は12月7日に改作しました】
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by kotendesky | 2006-12-06 02:24 | ギャラリー放浪記