(ときどき)個展deスカイ!

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2008年 07月 22日

帰宅途中の発見

少し涼しい日は、徒歩で帰宅しています。
国道を小樽に向かって約30分のんびりと歩くのですが、
たまに、通る道を変えてみると面白い発見があります。
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この写真、なんだかわかりますか?
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すこし画角をかえるとこうなります。葉の形から気がついた人もいるはず。

これはオニグルミの木です。実っているのはもちろんクルミです。
房になるのですねえ。でも、クルミの固い殻が見えません。

小さい頃、札幌の北八条から手稲金山に引っ越した頃、まわりは今より
断然田舎でしたから自然の宝庫だったわけです。すぐ近くには国有林があり
学校が終わると、塾などという余計な物はありませんでしたから、
勉強などそっちのけで行動半径を非常に広く遊び歩いたわけですね。
そうしたことで、自然と共生するという智恵が自然と身に付いたわけで、
今のように、自然を守るとか環境の問題などを教育しなくとも
自然は無限にあり、少しくらい失敬してもかならず次の年には元通りになったものです。

ようするに自然保護という概念は人口が過密になった証でしょう。
ですから、人間というものはあまり増えてはいけないことなのです。
少子化という問題がクローズアップされていますが、日本の国土から
すると、いまでも人口過密なわけです。
これは世界全体で見ても人口が過密で食料が無くなることは目に見えていることで
今始まった問題ではありません。

まあ、国土政策と厚生政策はきちんと秩序だったものでなくてはなりませんが、
どこの国でも人口は都市に偏り、荒廃した自然が放棄されています。

でも、帰宅途中にクルミの木が発見され、手で採れるほど近いというのは
まんざら捨てたものではありません。意外なところに手つかずの自然が
残された偶然のメカニズムがあります。
場所は秘密です。歩かなければまず絶対に見つからないでしょう。

それと、もうひとつは小さな頃から自然と一体になった子ども時代を過ごさなければ
クルミというものが実は果実なのだということは分かりません。
スーパーで売っているような殻が木になっているわけではないのですよ。
クルミの殻を得るには胚包というのでしょうか実質性の実を土に埋め
表面だけを腐敗させてから掘り出して水で洗います。
梅干しのタネのようなものです。

日本のオニグルミは人工栽培のアメリカンウォールナッツなど問題にならないほど
濃い味のものです。
ことしは、こうした智恵を教えてくれた横浜の次兄に良い贈り物が出来そうです。
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by kotendesky | 2008-07-22 23:58 | 冗舌亭日乗


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