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2007年 11月 24日

MILKMAID BY VERMEEL

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「牛乳を注ぐ女」と訳されていますが原題は「ミルクメイド」
この絵画について野田弘志さんは特に背後の壁の厚さに意味があるという言い方をしています。
「厚い壁がまるで鋳型のように室内空間全体が石から掘り出したかのように強固で微動だにしない重量感と存在感を持つようになっている。」と言います。
そして「その壁は叩いても隣の部屋に反響しない何十センチという厚みでもって絵のためにしつらえられた書き割りではなく、堆積した時間さえも封じ込めるかのような壁を描くことによってこの部屋の向こう側のもう一つの部屋とさらにその壁の向こうに広がる街の空間につながっているという意識を見る人にかき立てると言う効果を持っている。」と言います。
さらに「それは日本画のような曖昧な『背景』ではなく石の表層に戯れる光の繊細なトーンを描き尽くそうとしている。」と加えています。

絵というものが写真ではとうてい現し得ない時間と空間の堆積とそこで繰り広げられる何気ない日常の行為そのものが、厳粛で神秘的な儀式のように観るものに働きかけてくるという野田氏の解説は、ふだん軽く描いている絵という行為そのものをもう少し丹念に実体と向き合うことによって解釈や哲学を封じ込める作為あるいは必然を併せもった造形行為であるという警鐘を僕らに与えてくれていると思います。

現代美術にしばしば観られるような奇をてらったり、ライブと称するパフォーマンスそのものが美であるという軽薄な一端を、存在の重さ、時間の堆積と現実世界の存在証明そのものに重厚感と行為としての価値があるという対比と意義を感じさせてくれます。

オランダ風俗絵画に寓意性と娯楽性という面があることは理解できましたが、フェルメールの「MILKMAID」はまるで違った芸術としての作品として後世の我々に示唆する作家の意志の強さを伝える展示でした。
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by kotendesky | 2007-11-24 00:46 | ギャラリー放浪記


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