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2007年 07月 22日

小樽(富岡-稲穂-色内)逍遙

21日の土曜日に小樽に行ってきた。
目的は森本光子さんの追悼展だ。この日は駅を降りると山手の富岡を歩き回った。
結構な上りだが、地元のひとはゆっくり坂を登る。こうした毎日の歩行が足腰を自然に強くするのだと思う。
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小樽駅構内のステーションギャラリーは今日は開いていた。
「小樽ガラスの世界展」は8月30日まで。吹きガラスの風鈴が涼やかな音色だ。
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美しい模様の大皿様の花器。模様が非常に美しい。
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窓から港が見える。ギャラリーからのこういう眺めも珍しい。
国際ホテルは解体のために足場が組まれており、この日は看板類をはずしていた。
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小川清さんの1990年の「船見坂」(100F)はここからの眺めだ。
小樽を代表する絵のスポットだ。
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日銀の宿舎跡、現在無人。こういった場所は早く活用方法を検討して欲しい。
いつまでも遊休地をもっているのは税金の無駄である。
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こういう眺望の良い場所に建っている。売ればすぐにマンションが建つだろうが、
短期間滞在のために安価で貸し出して欲しい物件である。
観光地にコンドミニアムを開業するのも既存設備の有効利用である。
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さらに南に歩いて教会を抜け通りを港方向に降りる。
ここまでが富岡1丁目。ここから下がるとやがて稲穂1丁目になる
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保健所と稲穂小学校を左手にさらに下るとJRのガードに出る。
小川清さんの1996年の「ガードのある風景」(100F)の立場所はこの道路の反対側で
当時の看板は出光のマークだ。(1999年の絵はこちら)
出光マークは消火栓の看板とともに他の絵でも繰り返し描いている。
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稲穂1丁目を下がると手宮線跡を境に色内の地名となる。サンフランシスコ風に言えばベイエリアの色内は
北のウォール街や色内埠頭一帯からずーっと小樽製罐のあたりまで続く。

市立小樽美術館では森本光子さんの追悼展が最終日だ。
私の師匠は若いとき森本家の家庭教師をしていたそうである。
森本三郎氏としばしばスケッチに行ったほど親交は深い。
光子さんの人物は深い色の背景が人物を引き立てているが、
意外と薄塗りなのだなあと感じた。
色の使い方のニュアンスが木嶋氏を通じて私にも伝わっていると思う。
この絵を観ていると、勉強が足りない自分への戒めとなる。

美術館を出ると日銀金融資料館。ちょうどガイドツアーが実施されていたので
30分ほど子細に館内を回る。一億円の札束を持ってみたりする。
自分には関係ない額だが、これを持って逃げられないほど重いものだという
庶民の感覚がまともに感じる。
最後にツアー参加記念品としてお札をくれた。(笑)(裁断片)

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北運河。
当時の川幅はもうこの場所し残っていない。
橋も当時のままの石組みで高さや色も同じだ。
現在北海製罐の敷地内を通ることは出来ないし運河のほとりに入ることも出来ないが
昔はこのあたりは自由に出入りできたし土手も土がむき出しでもう少し幅があった。
土手で絵を描いていると従業員が時々絵を覗きに来た。
彼らは厳しい批評家でそういった中で画学生は鍛えられたものである。

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水面に映る製罐工場。この風情に会いに何度も小樽に通うのだと思っている。
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by kotendesky | 2007-07-22 16:53 | ギャラリー放浪記


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