2007年 02月 08日

揚げ足取りは…

厚生労働大臣の発言が物議をかもしている。
最初の産む機会発言は論議になるだろうなあという予感はした。
しかし、その後の健全発言は何で問題になるのか分からない。
結婚して出来れば二人以上の子供を持ちたいという健全な考えをもっている。
というのは、普通の理解では健全なのではないだろうか。
子供が居ない、子供を作らない、結婚しない人達が自分たちを健全でないとは思っていない
から、こんな程度の発言に動じない。
私はもっと意地の悪い、侮辱的な発言に何度も何度もさらされてきた。
でも、そういうくだらない低レベルの人間達に何を説明しても理解しようとしないのだから
ばかばかしいので、唯一のリアクションは軽蔑の眼である。

子供を持たないとか結婚しないというのは人生観の問題で、誰が何を言おうが左右されない。
そもそも、そういう人生観や主義という領域を他人の戯れ言で左右されるとか、侮辱だという
ほうが、私には馬鹿にした発言のようにしか思えない。

こういう言葉狩りを続けていると、ぎりぎりの場面で議論する国会議員の発言がきわめて
つまらなくなることに帰結する。
すでに、言葉尻を捉えて追及すると考える人達は、明日から反撃を食らうだろう。
少しの言い回しでも失言だ、暴言だという揶揄を受けることを甘受する気構えが必要だ。

人間として最低の行為だといういじめた生徒に言った担任教師の事も問題になっているようだが、複数の生徒がひとりの生徒にいじめを行い、殴り、足がけをして引き倒すことの
何処が人間として最低ではないのか。最低でしょう。
教師は最低だという言葉を用いても何ら非難される必要はない。
それが自殺の原因を作ったとするのも無理なこじつけではなかったか。
いじめが連鎖し、いじめられた側がある日いじめの側にまわるという事は昔から経験として学校現場では当たり前の認識だ。だから、いじめを強制されるにしてもいじめるという行為は人間として最低の事だというのは当たり前だ。

言葉尻を捕まえてことさら問題視するのは物事の本質を理解しようとする姿勢を妨げる。

いい加減にマスコミもこうした週刊誌的なニュースの作り方を変える時である。
今の日本に本当に必要な少子化と年金問題が連動し、経済の格差があまりに開きすぎると
モチベーションが低下し社会の生産性が下がることを問題視しなければならない。

誰が悪いとかなにが欠けているという主張をすることは一見明快で耳障りの良いことかも知れないが、物事を単純に置き換えて説明できるのならこんなに簡単な解決策はない。
それを行ってきたのがこれまでの日本社会だ。

単純化が美しいのは確かだが、政治はそんなに単純な動きではない。

マスコミはある日突然味方にも敵にも回るものだ。マスコミを意識するあまり自己の主張を押し殺してあえて議論の冒険を怠れば、国会という言論の府は自滅するという自覚を国会議員たるものは自覚しなければならない。
少なくとも、今回声高に言葉狩りをした人達は明日から自己の発言の一言一句を考えて発言しないと揚げ足取りの上手いイメージだけの選挙を仕掛けてくる政党の思うつぼだという事に気がつかなければならないだろう。

言論の自由を認め、その真意から問題点の本質をえぐり出して課題を整理して行かなければ議論の歩み寄りはなかなか出来ない。
自ら言論封殺をするような愚を犯すことにもっと敏感でなければならない。
[PR]

by kotendesky | 2007-02-08 01:06 | 冗舌亭日乗


<< モチーフの変遷      お汁粉への旅(嘘) >>