2006年 10月 31日

『SHINJO』という生き方

プロ野球は、日ハムが優勝してあっけなく終わった印象を持った。
しかし、この優勝に向けた日ハム選手の集中力や統一性はやはり他のチームを大きく上回っていたのだと思う。
SHINJOは、3年前このチームに合流した。福岡県福岡市出身(生まれは長崎県対馬市)、の彼にとっては対極の寒い都市に移転した直後の決定だった。
しかしSHINJOは、プロ野球が根付いていないこの北海道に着実にファンを増やした。そして06年の開幕戦には札幌ドームを満員にし、自らも派手なパフォーマンスを見せて観衆を沸かせた。
『記憶に残るプレーヤー』が信条の彼にとっては、客を喜ばすと言うことは極めて当然の仕事なのだろが、単に野球選手という以上の強い印象をこのプレーヤーは北海道のファンの気持ちに訴えかけたのではないかと思う。そしてメジャーリーガーから6年ぶりにSHINJOから再び『新庄』に戻った。

どんな事でも、ひとの琴線に触れることは容易なことではない。見せかけやはったりでなし得るようなことではない。その共鳴する微かな振動をわきまえ多くの人々と共有していないと単なる消え去りのパフォーマンスに終わる。
新庄は、野球の天才ではないしパフォーマンスの天賦の才を携えている男でもない。見たところ研究熱心で極めて緻密な計算の上で行動しているように思える。しかしそれを感じさせないで次の出し物が何か分からないから新庄らしさが醸し出されるのだろう。
シーズン中の早い時期に引退宣言をするということや、モデルになったりムービースターになると公言したりすることは保守的な日本では極めて異例でたまげたことだがどっこい社会は、それを包容できる余力を持っているというのが一方の事実でもある。

しかし新庄は、孤独なパフォーマーではなかったか。彼は常に時代の少しだけ斜め前を彼なりの道を見つけてむしろうつむいて歩いていると私には見える。しかし彼なりにその道が好きなのだと思う。時々見せるふとした真剣な眼差しは、多くの場合地面に向いているが、その顔を人々に向けたときはもう次の行動を決めている。
普通のパフォーマーは、この真剣な眼差しをまず見せない。考えているという行動は楽屋裏までにして、表に出さないものだ。しかし、新庄はこの楽屋裏を庶民の前に持ってきたのではないだろうか。マスコミも彼のふとした悲しげな表情を隠さずに写すし、本人もまたそれを恥じては居ない。もちろん受け止める庶民もまたごく自然に全体を観察している。
自分の町内の人気者を見ている視線と新庄というスターを見ている視線が同じ平面で交錯するという不思議な感覚に戸惑う。

しかし、そこにこそ新庄という生き方があるのではないだろうかといつも思う。才能がある人は多くいるし社会もまたそうした人物を期待する。しかしそうした面を見せないでいつしか身近な存在に思わせてしまう彼の生き方は、あるいはそこにこそ天賦の才があるのでは無かろうかとつくづく思うのである。

当たり前のようなお利口さんは社会に多いが、本当に記憶に残るパフォーマンスを見せるひとは少ししか居ない。作家も同じだ。
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by kotendesky | 2006-10-31 00:12 | 冗舌亭日乗


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