(ときどき)個展deスカイ!

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2006年 09月 06日

夕張へ…(3)

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友人は、あるデザイン事務所の代表でありクリエーティブディレクターという地位にあった。
Yahoo japanで、セカンドライフのブログも書いている。
ファッション業界関係のデザインを数多く手がけ、総合美容サロンの店舗やコンセプトの立案や最近ではメンズサロンの企画運営会社の役員も兼ねているとの紹介だ。

あのバブル後の地獄を生き抜いた経営手腕に驚かされる。

いきなり
「写真をやっているか」
と訊いてきた。
写真は実用のものしか撮らないが、商売は写真とは切れない画像診断だ。が、しかしいわゆる世間で言うスチールとは違う。
友人が訊きたかったのはカメラを今でも離さず持ち歩いているかという意味だ。

あの頃、私はモノクロのプリントに凝っていた。当時住んでいた個人病院内にある一軒家の二階をすべて使っていたので、昼間でも暗室が使えた。
引き伸ばし機も、バットも薬品もいつでも自由に使える環境にあった。まだ、RCプリントが一般化する前だったので乾燥機もフェロタイプのものがあった。
こいつは電気食いで乏しい容量の安全器(ブレーカーの前のタイプ=ヒューズボックス)が幾度も飛んだ。

私はニコマートしか持っていなかったが、友人はF2を買った。
新宿のヨドバシとさくらやで何回か値段を交渉し、新宿西口本店で50ミリF1.4付きを私と一緒に行って買った。
そのカメラを私の『病院の家』に持って帰り、当時住んでいた自由が丘の彼のアパートにはその晩遅くに帰った。

その頃の金はなかったが若かった自由な時代が二人とも頭に浮かんだに違いない。
「発泡スチロールは捨てるなよ」
「質屋には箱付きでないと入れられないぞ」
といいながら金色の箱から二人で丁寧に取り出した。
友人は、私に向けて記念すべきシャッターを切った。
125だろうか、シュバッ、コロっというダンパー付きチタン幕シャッターの乾いた独特の音で私は彼のカメラの被写体一号となった。

現在、ファッションフォトグラファーとしても海外モデル撮りもこなす一流の腕を持つ彼に、今度スーツを着て撮ってもらおうと思っている。ダンヒルやブルガリのネクタイも何本か取り替えて、ぴたりと身体にあった谷のワイシャツと三越のオーダースーツを着て、靴は銀座YOSHINO-YAである 。
まさに50代のメトロセクシャルなモデルとして今の彼なら思いもかけない切り口で写してくれることだろう。

何せ、カメラ代を一部貸している。30年の利息を考えればそのくらいお安いもののはずである。
しかも、写真のあれこれを教えたのだから…

(つづく)
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by kotendesky | 2006-09-06 02:19 | 小林英吉氏『草原』への旅


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