(ときどき)個展deスカイ!

kotendesky.exblog.jp
ブログトップ
2006年 07月 17日

顔料と格闘中

絵画は『孤独な格闘技』であると大阪の小林修一氏は言う。
まさに、絵というものに自分の精神を込めるためには不断の鍛錬と技術の錬磨が必要であり『格闘技』であると思う。

最近は油彩の顔料を用いてアクリルの展色材と混ぜ合わせ、ワトソン水彩紙に定着させるという格闘を演じている。
どれもが初めての経験である。
水彩紙をパネルに張る水張りも、相当以前学生の頃にケント紙を張って以来のことだ。一番上手いときでもコート紙のポスターをパネルにしたくらいだから、水彩紙のような厚い紙はなかなか上手く張れない。十分水を含ませることは出来るが、あまりこするとクズが出てきて、十分に引っ張ることが出来ない。
それでも、何とか若い頃の経験で30号のパネルを張れたが、3号でも失敗することもある。キャンバスの大雑把さとは随分と勝手が違うようだ。
ワトソンの上にジェッソという下塗りを施していよいよ作画だ。

油彩用のピグメントを瓶から取り出してアクリルのカラーレスという透明な展色材と混ぜ合わせる。ホルベインの資料では顔料を少量の水で練り、そこに展色材としてジェルメディウムやグロスメディウムを水で薄くして加えるということが書いてある。
しかし、画用紙に直接薄塗りするにはこのカラーレスが向いているようだ。分散も速い。難点は値段が高い(50㏄で1000円)事である。もったいないので水で2倍に薄める。それでも顔料の定着はオーケーのようである。

これを日本画よろしく画面に薄く塗り重ねて行く。重ねることによって深みが調整でき微妙な色の変化が容易に出来る。油彩ではなかなか味わえない世界だ。
顔料は比重が違うので混色が出来ない。ここが良いところであり油彩とは違う難しさでもある。

油彩は展色材に粘性があり顔料の比重が違っても極端な沈殿が起きないが、水性展色剤の場合はこの沈殿が非常に問題がある。だから、原色を塗り重ねて微妙な色合いを出すことが主要な仕事になるようである。

ピグメント以外にも方解末という粉末を白として使う。こちらもカラーレスで解く。方解末とは方解石の粉である。キラキラと美しい絵肌になる。薄く画面にかけてやると上品な表面になる。

油彩を長くやってくると、どうしても解決できないおつゆ描きの重さが気になり出す。
私の画面は最終的におつゆ描きが左右するのでこの問題は深刻である。
色々な材料を試しながら次の個展の準備をするのが苦しくもあり楽しみでもある。

相撲で土俵下でけんかがあったそうだ。
力士は苦しい稽古に耐えて技を競う。その舞台が土俵という宇宙だ。その下とはいえ土俵の周囲でけんかをするなど言語道断だとは思うが、そこにつまらないナショナリズムを持ち出すのもいただけない。
何事にも精神が肝心である。表面に現れる事象ばかりを追い求め、精神を忘れては良い結果にはつながらない。相撲で言えば礼に始まり礼に終わる。
一見地味でつまらないと思われることでも、身につけると言うことは価値がある。目先の功利的な事ばかりにとらわれては決して人間が大きくならないと思われるのだ。狭い了見の人間が描く絵で初対面の人に感動をもたらすことが出来るだろうか。私はそう思わない。
[PR]

by kotendesky | 2006-07-17 17:44 | (七転八倒)制作記!


<< 孤独な格闘技      人事の季節 >>