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2011年 12月 09日

響きのかたち  高橋 靖子  瀬川 葉子 二人展

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 抽象作品は立体や平面の区別無く、鑑賞者に対して作家の何らかの心理的な働きかけがあり、鑑賞者もまたそれに共鳴する必要がある。
心理の共鳴ないし呼応は、作者と鑑賞者の相互作用でなくてはならないと思う。そのどちらかが上手く作業しなければ、作品の意味が低下することは言うまでもないだろう。
情念の想起、交錯、反発、受容、理解、共鳴あるいは共感が行き交って初めて抽象的な満足感が得られるものだろう。

『高橋靖子×瀬川葉子』という組み合わせの展覧会の企画に接したとき『美術界の住人』はだれしもが『はた』と膝を打ったことだろう。この企画はギャラリーエッセを舞台として美術評論家柴橋伴夫さんが仕掛けたものだ。大変な好企画である。
筆者が案内ハガキを受け取ったときの心のときめきはまさにこの作家二人の組み合わせの妙にある。柴橋伴夫という評論家の感性の鋭さがこの展覧会の成功の50パーセントの役割を果たしている。
久しぶりに開幕をわくわくして待ち望む気持ちの高ぶりを感じた。

ふたりの作家の年齢は10年以上かけ離れているが、そのギャップはほとんど感じられない。いずれも点と線を縦横に交錯させながら日常の意識の伝達や思考あるいは変遷という表現を通じて生活の豊かな精神性を思い起こさせてくれる。あるいはその共感はそれぞれの作家の生活上の共通する課題があるのかもしれないが、少なくとも作品に『どうだ』というようなさもしい根性が感じられない。淡々と自分の意識世界の表情を見るものに提示するだけなのだ。

高橋靖子さんは点(ドット)と線(ライン)を主要に用いて言葉という文字を控えめに配置している。文字を読まれることをほとんど拒否して意味の伝達はその色とパターンという表現に昇華させている。
瀬川葉子さんもまた、ドットと鋭いカッティングのラインを巧みに織り込みながら抑えた色彩と画材の多様さを提示しつつ見るものに感性の刺激を与える。筆者は作家の端くれであるからその作品から受けるinspireは相当なものがあり、日常の短時間に作品を作り続けるというstageの提案を非常に鋭く感じるのである。
紙と画材と用具の多様性はこの作家の得意とするところだが、その提案は自分もこうあるべきだというきっかけを非常に強く受けた。
冒険をあえて犯して言えば、『瀬川葉子×一原有徳』とのコ・ラボレーションを見てみたいという高みに達しているのである。

高橋も瀬川もそして一原も幻視的世界観である独特の共通項はあるだろうがその網膜に写った幻影は特徴的に相違する。しかし幻影が作品として提示されるときにこの3名のあやういほころびの美学に現代社会が直面している当惑を鋭く投影していると思う。


ギャラリーエッセで 12月11日 日曜日まで
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by kotendesky | 2011-12-09 22:05 | ギャラリー放浪記


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