2006年 03月 13日

すばらしい再会!

個展が終わった。
たくさんの皆様が訪れてくれた。芳名帳も2冊になった。220名くらいの方が記帳してくれた。記帳されない方も含めると600から700名の皆様が訪れてくれただろうと推測する。
もちろん、個展を後押ししてくれた方や直接間接にご支援くださった方のお陰で、緊張する6日間を乗り切れたのだと思う。ありがたいことだ。
今回は初めて作品と呼べるレベルの絵を鑑賞して頂いたが、多分に川上という男の絵画がどんなものなのかという興味で見てくれた方が多いことは言うまでもない。
個展は一度で完結するものではなく、次やその次が本当の意味で作品の評価を下されるものだと思っている。
その意味では、2回目が今回を超える自分自身の精進の結果を発表しなければならない。厳しい日々を一歩一歩着実に積み重ねなくてはならない。
作家人生のスタートを切っただけであることは十分理解している。個展は連続して初めて意味をなすことも理解しているつもりだ。人生の価値がその作品のより高みへの昇華によって鑑賞者に判断される。厳しい世界に足を踏み込んだものである。

最終日に、思いがけず昔お世話になった方にお会いした。
その方は香西智行(こうさいとしゆき)さんという。堅苦しく書くと有限会社コウサイ福祉機器研究所の社長さんだ。しかし私たちは「こうさいさん」と呼んでいる。




香西さんは子供の頃から治療法のない難病にある。体中の筋肉が萎縮して行く病気だ。呼吸筋が弱まると呼吸を自力で出来なくなる。30歳や40歳代で亡くなってしまう方が多いのがこの病気の現実である。
しかし、香西さんは若いときから、はた目に見ると無茶だというくらい肉体を使う仕事を選択した。自力で立てなくなったときもしゃがみながら旋盤や溶接の機械を駆使して優れた機器を生み出してきた。その技術は一流のものだし早くからロボット工学への造詣も深かった。福祉機器での特許も多く取得した。
今、お年寄りなどに筋肉トレーニングを通じて身体の機能を衰えさせない取り組みが普通だ。20年も30年も前にそのことを実践してきたのが香西さんだ。その慧眼は尊敬という以上の存在だと思う。

私との出会いは義兄の紹介による。
義兄はテレビ番組の取材を通じて香西さんの人間的魅力に惹きつけられた。香西さんの周りにはそうした人達がいつも集まっている。

私は今から20年前に、障がい児童のエックス線撮影が何とか本人とって、楽に出来ないかという事に心を砕いていた。科学立国を謳うこの国が、障がい者のための特別な医療検査機器を何も持っていない現実を目の当たりにしてきた。
同じことは香西さんも感じていた。だから自らが肢体不自由者のために必要な機器をオーダーメードで生み出し続けて来た。
この分野は絶対に儲かる仕事ではない。
現に私も乏しい研究費を得てその何倍ものお金を出して、何とか人様の役に立つ検査用具を作り出したいと思っていた。身近な材料をホームセンターで求めて細々と仕事の合間に作り出していた。
しかし、専門家の意見を聞いて難問を解決する必要があるときが来た。勇気を出して香西さんを訪ねた。その広い懐に飛び込んでいったのである。

その日から、私と香西さんとの議論が続いた。ついに設計図が出来上がり、実際に実証機を創り出す段階にたどり着いた。
もちろん貧乏な私に工場に発注するカネはない。「道具や機材は自由に使って良いから自分でやってみたらどうか」と誘われた。旋盤や溶接の機械に触ることは初めての経験だった。香西さんの弟子のように勤務の後に車で一時間の距離を「通勤」する夜が続いた。毎日夜の1時2時ときには夜明けまで作業は続いた。
2,3箇月で目的の検査器械の形は出来上がった。小さなけがをすることもあった。眠らないで日中の仕事をすることはつらかったが、若さと情熱がなんとかそれを支えたと思う。今考えれば香西さんの存在が頑張りを生み出した源泉だったと思う。

完成の日は徹夜だった。
朝の6時に作業場から香西さんを背負って表通りに出た。目の前の平岸霊園に当たるかすかな朝日が目に優しかった記憶が今でも思い出される。11月の寒い日だったが二人でしばらくその光景を黙って見ていた。

その香西さんが個展のギャラリーに姿を現したときは、正直に言って驚いた。そして個展を開催して本当に良かったと心底から思った。駆け寄って動かしづらい右手に握手をした。「ようやく絵を見せられるようになりました」と報告した。後半は涙声になった自分が恥ずかしかった。「おめでとう」と独特の細い声で香西さんは笑った。
(泣く奴があるか)というような表情だった。いつも香西さんのこの笑顔に勇気づけられるのだ。

香西さんはゆっくりとすべての絵を鑑賞してくださった。
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しばらくして、中央のテーブルで初めて会う私の妻とボランティアの二人の学生さんとくつろいだ話をした。しばし20年前に時間が戻ったような、その話は和やかで実にたおやかなるひとときだったと思う。神様が私たちを一カ所に集めてくださったのに違いない。

私は特別の宗教も哲学も持たないが、人とひとが心を許しあえることは神様か誰かが引き寄せてくださっていると思えてならない。この日もまったくその信念に疑いがなかった。香西さんの清い心に惹きつけられて私は今日ここで会うことが出来た。本当にすばらしいことではないか。

香西さんは、最後にもう一度ゆっくりと作品を見て回った。不思議だがそれまで香西さんと一緒に写る写真が無かった。お願いして皆で写真を撮らせてもらった。表情は硬く見えるかも知れないが、笑うと少年に戻る人なのである。現在65歳。
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実は香西さんは、この季節に人混みに出ることは、極端に言えば命がけなのである。風邪をうつされると相当にやっかいだ。長時間自動車や移動用の車いすに座ることもつらいことだ。それでも私のために自宅からやってきてくれた。

多くのお客様には、それぞれの毎日の生活がある。苦労も多い。そのひとときを潤いのある自分を再確認するために美術というものを鑑賞するということも、作品を観る純粋な動機だろう。

作品が売れることは良いことだが、軽薄な心で売る事だけにしか神経を向けられないのは人間として悲しい。作品が売れないことには生活が出来ないが、かといって本当に持っていてほしい人に売れることが本当の目的ではないのか。
なんとか生活の目処が立って、半面で「純文学」である絵をやっている自分がやはり間違いのない人生の目標を持ったと思っている。
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by kotendesky | 2006-03-13 23:48 | 最新情報


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